お徳の奴め、もう来た時から酔っていたんだ。
が、いくら酔っていても、久しぶりじゃあるし、志村の一件があるもんだから、大《おおい》に話がもてたろう。すると君、ほかの連中が気を廻わすのを義理だと心得た顔色で、わいわい騒ぎ立てたんだ。何しろ主人役が音頭《おんどう》をとって、逐一白状に及ばない中は、席を立たせないと云うんだから、始末が悪い。そこで、僕は志村のペパミントの話をして、「これは私の親友に臂《ひじ》を食わせた女です。」――莫迦莫迦《ばかばか》しいが、そう云った。主人役がもう年配でね。僕は始から、叔父さんにつれられて、お茶屋へ上ったと云う格だったんだ。
すると、その臂と云うんで、またどっと来たじゃないか。ほかの芸者まで一しょになって、お徳のやつをひやかしたんだ。
ところが、お徳こと福竜のやつが、承知しない。――福竜がよかったろう。八犬伝の竜の講釈の中に、「優楽自在なるを福竜と名づけたり」と云う所がある。それがこの福竜は、大に優楽不自在なんだから可笑《おか》しい。もっともこれは余計な話だがね。――その承知しない云い草が、また大に論理的《ロジカル》なんだ。「志村さんが私にお惚れになったって、私の方でも惚れなければならないと云う義務はござんすまい。」さ。
それから、まだあるんだ。「それがそうでなかったら、私だって、とうの昔にもっと好い月日があったんです。」
それが、所謂片恋の悲しみなんだそうだ。そうしてその揚句に例《エキザンプル》でも挙げる気だったんだろう。お徳のやつめ、妙なのろけを始めたんだ。君に聞いて貰おうと思うのはそののろけ話さ。どうせのろけだから、面白い事はない。
あれは不思議だね。夢の話と色恋の話くらい、聞いていてつまらないものはない。
(そこで自分は、「それは当人以外に、面白さが通じないからだよ。」と云った。「じゃ小説に書くのにも、夢と色恋とはむずかしい訳だね。」「少くとも夢なんぞは感覚的なだけに、なおそうらしいね。小説の中に出て来る夢で、ほんとうの夢らしいのはほとんど一つもないくらいだ。」「だが、恋愛小説の傑作は沢山あるじゃないか。」「それだけまた、後世《こうせい》にのこらなかった愚作の数も、思いやられると云うものさ。」)
そう話がわかっていれば、大に心づよい。どうせこれもその愚作中の愚作だよ。何《なん》しろお徳の口吻《こうふん》を真似ると、「ま
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