ひたくないことも勿論である。)僕等の議論の是非を弁ずるのでないことは僕等自身誰よりも知つてゐるつもりである。僕はこの頃雑誌の広告などに僕の「筋のある[#「ある」に傍点]小説」さへ「筋のない[#「ない」に傍点]小説」と云ふ名をつけられてゐるのを見、俄《には》かにこの文章を作ることにした。「筋のない小説」とはどう云ふものかも容易に理解しては貰はれないらしい。僕は僕の弁じられるだけは弁じた。又二三の僕の知人は正当に僕の説を理解してゐる。あとはもう勝手にしろと言ふ外はない。

     三十五 ヒステリイ

 僕はヒステリイの療法にその患者の思つてゐることを何でも彼でも書かせる――或は言はせると云ふことを聞き、少しも常談《じやうだん》を交へずに文芸の誕生はヒステリイにも[#「にも」に傍点]負つてゐるかも知れないと思ひ出した。虎頭燕頷《ことうえんがん》の羅漢《らかん》は暫く問はず、何びとも多少はヒステリツクである。殊に詩人たちは余人よりもはるかにヒステリツクな傾向を持つてゐるであらう。このヒステリイは三千年来いつも彼等を苦しめつづけた。彼等の或ものはその為に死し、又彼等の或ものはその為にとうとう
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