。
ハイネはゲエテの詩の前に正直に頭を垂れてゐる。が、円満具足したゲエテの僕等を行動に駆りやらないことに満腔《まんかう》の不平を洩らしてゐる。これは単にハイネの気もちと手軽に見て通ることの出来るものではない。ハイネはこの「ドイツ・ロマン主義運動」の一節の中《うち》に芸術の母胎へ肉迫してゐる。あらゆる芸術は芸術的になるほど、僕等の情熱(実行的な)を静まらせてしまふ。この力の支配を受けたが最後、容易にマルスの子になることは出来ない。そこに安住出来るものは――純一無雑の芸術家たちは勿論、阿呆たちもやはり幸福である。しかしハイネは不幸にもかう云ふ寂光土《じやくくわうど》を得られなかつた。
僕はプロレタリアの戦士諸君の芸術を武器に選んでゐるのに可也《かなり》興味を持つて眺めてゐる。諸君はいつもこの武器を自由自在に揮《ふる》ふであらう。(勿論ハイネの下男ほども揮ふことの出来ないものは例外である。)しかし又この武器はいつの間にか諸君を静かに立たせるかも知れない。ハイネはこの武器に抑へられながら、しかもこの武器を揮つた一人である。ハイネの無言の呻吟は或はそこに潜んでゐたであらう。僕はこの武器の力を
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