僕の全身に感じてゐる。従つて諸君のこの武器を揮ふのも人ごとのやうには眺めてゐない。就中《なかんづく》僕の尊敬してゐる一人はかう云ふ芸術の去勢力を忘れずにこの武器を揮つて貰ひたいと思つてゐた。が、それは仕合せにも僕の期待通りになつたやうである。
 他人は或はかう云ふことも一笑に附してしまふであらう。それは僕も覚悟の前である。僕の見る所は浅いかも知れない。よし又浅くなかつたにしろ、十年前の経験は一人の言葉の他人には容易にのみこまれないのを教へてゐる。しかし僕は兎も角も人並みに努力をつづけながら、やつとこの芸術の去勢力の大きいことに気づき出した。従つて唯これだけのことでも僕にはやはり一大事である。文芸の極北はハイネの言つたやうに古代の石人と変りはない。たとひ微笑は含んでゐても、いつも唯冷然として静かである。
[#地から2字上げ](昭和二年二月―七月)



底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
   1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年2月2日公開
2004年3月16日修正
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