た、切利支丹《キリシタン》宗徒の手になつた、ほんものの原文を蔵してゐると感違ひをし、五百円の手附金を送つて、買入れ方を申込んだ人があつた。気毒《きのどく》でもあつたが可笑《をか》しくもあつた。
その後《ご》、長崎の浦上《うらかみ》の天主教会のラゲといふ僧侶に出会つたことがあつた。その際、ラゲさんと「きりしとほろ上人伝」の話を交《かは》した。ラゲさんは、自分の生国《しやうこく》が、クリストフが嘗《かつ》て居住してゐた土地であるといふ話し等《など》が出たので、一寸《ちよつと》因縁《いんねん》をつけて考へたものであつた。
将来どんな作品を出すかといふ事に対しては、恐らく、誰《たれ》でも確かな答へを与へることは出来ないだらうと思ふ。小説などといふものは、他の事業とは違つて、プログラムを作つて、取りかかる訣《わけ》にはゆかない。併し、僕は今後、ますます自分の博学ぶりを、或は才人ぶりを充分に発揮《はつき》して、本格小説、私《わたくし》小説、歴史小説、花柳《くわりう》小説、俳句、詩、和歌|等《とう》、等と、その外《ほか》知つてるものを教へてくれれば、なんでもかきたいと思つてゐる。
壺《つぼ》や皿や古画|等《など》を愛玩して時間が余れば、昔の文学者や画家の評論も試みたいし、盛んに他の人と論戦もやつて見たいと思つてゐる。
斯くの如く、僕の前途は遙《はる》かに渺茫《べうばう》たるものであり、大いに将来有望である。
[#地から1字上げ](大正十四年十二月)
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
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