いい》とも言ふ。春の字がついたとて、いつも女に関係ありとは限らず。宋の画苑《ぐわえん》に春宮秘戯図ある故、枕草紙を春宮とも言へど、春宮は元来東宮のことなり。
(二)才人を女官の名とするも聞えたり。才人の官、晉《しん》の武帝に創《はじま》り、宋時に至つて尚《なほ》之を沿用す。然れども才子を才人と称しても差支へなきは勿論なり。辞源にも「有才之人曰才人。猶言才子《なほさいしといふ》」とあるを見て知るべし。燕雀生は必しも才人と言つてはならぬと言はず、しかしならぬと言はぬうちにもならぬらしき口吻《こうふん》あれば、下問を仰ぐこと上の如し。
(三)佐藤春夫、「キイツの艶書の競売に附せらるる日」と題する詩を賦《ふ》したりとは聞えず。賦すとは其事を陳《ちん》ずるなり。転じて只詩を作るに用ふ。然れども、キイツ云々の詩はオスカア・ワイルドの作なれば、佐藤春夫の賦《ふ》す筈なし。それを賦したと言はれては、佐藤春夫も迷惑ならん。賦すに訳すの意ありや否や、あらば叩頭《こうとう》百拝すべし。
(四)門下を食客の意とは聞えたり。平原君に食客門下多かりし事、史記にあるは言ふを待たず。然れども後漢書承宮伝に「過徐盛慮聴
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