らぬ必要があるのだらうと思つたから、矢張《やはり》、その後から駆け出すことにした。それは人目《ひとめ》のない砂山の上に、たつた独り取残されるのは薄気味悪いといふことも手伝つてゐるのに違ひない。しかし、久米は何《なん》といつても中学の野球の選手などをしたことのある男である。僕はまだ一町と駆けないうちに、忽ち久米の姿を見失つてしまつた。
十分ばかり経《た》つた後《のち》、僕は息を切らしながら、当時僕等の借りてゐた、宿《やど》の離室《はなれ》に帰つて来た。離室はたつた二間《ふたま》しかない。だから見透《みす》かし同様なのだが、どこにも久米の姿は見えなかつた。しかし、下駄《げた》のぬいであるところを見ると、兎《と》に角《かく》、帰つて来てゐるのには違ひない。そこで僕は大きな声を出して、
「おい、久米。」
と呼んでみた。するとどこかで、
「何《な》ンだ。」
といふ返事があつた。けれどもどこにゐるんだか、矢張《やはり》、見当はつかなかつた。
「おい、久米。」
僕はもう一度かう声をかけた。
「何《な》ンだよう。」
久米ももう一度返事をした。今度は久米のゐるところも大体僕にあきらかになつた。
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