僕は縁側伝ひに後架《こうか》の前に行《ゆ》き、
「何《な》ンだつてあんなに駆け出したんだ。」
と言つた。僕の声は疑ひもなく多少の怒りを含んでゐた。すると久米も腹をたてたやうに、かう中から返事をした。
「だつて、駆け出さなくちやあ、間《ま》に合はないぢやないか。」
爾来《じらい》、七八年の日月《じつげつ》は河のやうに流れ去つた。僕はもう何時《いつ》の間《ま》にか額《ひたひ》の禿上《はげあが》るのを嘆じてゐる。久米も、今ではあの時のやうに駆け出す勇気などはないに違ひない。[#地から1字上げ](大正十四年)
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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