っきよりは間近に光っている。が、女は未だに来ない。
 尾生は険しく眉《まゆ》をひそめながら、橋の下のうす暗い洲を、いよいよ足早に歩き始めた。その内に川の水は、一寸ずつ、一尺ずつ、次第に洲の上へ上って来る。同時にまた川から立昇《たちのぼ》る藻《も》の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《におい》や水の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]も、冷たく肌にまつわり出した。見上げると、もう橋の上には鮮かな入日の光が消えて、ただ、石の橋欄《きょうらん》ばかりが、ほのかに青んだ暮方《くれがた》の空を、黒々と正しく切り抜いている。が、女は未だに来ない。
 尾生はとうとう立ちすくんだ。
 川の水はもう沓を濡しながら、鋼鉄よりも冷やかな光を湛《たた》えて、漫々と橋の下に広がっている。すると、膝《ひざ》も、腹も、胸も、恐らくは頃刻《けいこく》を出ない内に、この酷薄《こくはく》な満潮の水に隠されてしまうのに相違あるまい。いや、そう云う内にも水嵩《みずかさ》は益《ますます》高くなって、今ではとうとう両脛《りょうはぎ》さえも、川波の下に没してしまった。が、女は未だに来ない。
 尾生は水の中に立
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