ただ笑ったり、怒鳴《どな》ったり、あるいはまた子犬の腹を靴《くつ》で蹴《け》ったりするばかりです。
白は少しもためらわずに、子供たちを目がけて吠えかかりました。不意を打たれた子供たちは驚いたの驚かないのではありません。また実際白の容子《ようす》は火のように燃えた眼の色と云い、刃物《はもの》のようにむき出した牙《きば》の列と云い、今にも噛《か》みつくかと思うくらい、恐ろしいけんまくを見せているのです。子供たちは四方《しほう》へ逃げ散りました。中には余り狼狽《ろうばい》したはずみに、路《みち》ばたの花壇へ飛びこんだのもあります。白は二三間追いかけた後《のち》、くるりと子犬を振り返ると、叱《しか》るようにこう声をかけました。
「さあ、おれと一しょに来い。お前の家《うち》まで送ってやるから。」
白は元来《もとき》た木々の間《あいだ》へ、まっしぐらにまた駈《か》けこみました。茶色の子犬も嬉しそうに、べンチをくぐり、薔薇《ばら》を蹴散《けち》らし、白に負けまいと走って来ます。まだ頸にぶら下った、長い縄をひきずりながら。
× × ×
二三時
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