家ならば頼まれても買はない、――と云ふのが当り前です。して見れば作家も雑誌社には、作家自身の利益を中心に、断《ことわ》るとか引き受けるとかする筈ぢやありませんか?
 編輯者 しかし十万の読者の希望も考へてやつて貰ひたいのですが。
 作家 それは子供|瞞《だま》しのロマンテイシズムですよ。そんな事を真《ま》に受けるものは、中学生の中《なか》にもゐないでせう。
 編輯者 いや、わたしなどは誠心誠意、読者の希望に副ふつもりなのです。
 作家 それはあなたはさうでせう。読者の希望に副《そ》ふ事は、同時に商売の繁昌《はんじやう》する事ですから。
 編輯者 さう考へて貰《もら》つては困ります。あなたは商売商売と仰有《おつしや》るが、あなたに原稿を書いて貰ひたいのも、商売気《しやうばいげ》ばかりぢやありません。実際あなたの作品を好んでゐる為もあるのです。
 作家 それはさうかも知れません。少くともわたしに書かせたいと云ふのは、何か好意も交《まじ》つてゐるでせう。わたしのやうに甘い人間は、それだけの好意にも動かされ易い。書けない書けないと云つてゐても、書ければ書きたい気はあるのです。しかし安請合《やすうけあひ》をしたが最期《さいご》、碌《ろく》な事はありません。わたしが不快な目に遇《あ》はなければ、必《かならず》あなたが不快な目に遇ひます。
 編輯者 人生意気に感ずと云ふぢやありませんか? 一つ意気に感じて下さい。
 作家 出来合ひの意気ぢや感じませんね。
 編輯者 そんなに理窟《りくつ》ばかり云つてゐずに、是非《ぜひ》何か書いて下さい。わたしの顔を立てると思つて。
 作家 困りましたね。ぢやあなたとの問答でも書きませう。
 編輯者 やむを得なければそれでもよろしい。ぢや今月中に書いて貰ひます。
[#ここから1字下げ]
 覆面《ふくめん》の人、突然|二人《ふたり》の間《あひだ》に立ち現る。
[#ここで字下げ終わり]
 覆面の人 (作家に)貴様《きさま》は情《なさけ》ない奴《やつ》だな。偉らさうな事を云つてゐるかと思ふと、もう一時の責塞《せめふさ》ぎに、出たらめでも何《なん》でも書かうとしやがる。おれは昔バルザツクが、一晩に素破《すば》らしい短篇を一つ、書き上げる所を見た事がある。あいつは頭に血が上《あが》ると、脚湯《きやくたう》をしては又書くのだ。あの凄《すさ》まじい精力を思へば、
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング