んやり佇《たたず》んでいたのです。
「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしようかと思っているのです」
「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが好いことを教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その腹に当る所を、夜中に掘って見るが好い。きっと車に一ぱいの――」
 老人がここまで言いかけると、杜子春は急に手を挙げて、その言葉を遮《さえぎ》りました。
「いや、お金はもういらないのです」
「金はもういらない? ははあ、では贅沢をするにはとうとう飽きてしまったと見えるな」
 老人は審《いぶか》しそうな眼つきをしながら、じっと杜子春の顔を見つめました。
「何、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想《あいそ》がつきたのです」
 杜子春は不平そうな顔をしながら、突慳貪《つっけんどん》にこう言いました。
「それは面白いな。どうして又人間に愛想が尽きたのだ?」
「人間は皆薄情です。私が大金持になった時には、世辞も追従《ついしょう》もしますけれど、一旦貧乏になって御覧なさい。柔《やさ》しい顔さえもして見せはしません。そんなことを考えると、たといもう一度大金持になったと
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