づおれと一しよに、峨眉山の奥へ来て見るが好い。おお、幸《さいはひ》、ここに竹杖が一本落ちてゐる。では早速これへ乗つて、一飛びに空を渡るとしよう。」
鉄冠子はそこにあつた青竹を一本拾ひ上げると、口の中に呪文《じゆもん》を唱へながら、杜子春と一しよにその竹へ、馬にでも乗るやうに跨《またが》りました。すると不思議ではありませんか。竹杖は忽《たちま》ち竜のやうに、勢よく大空へ舞ひ上つて、晴れ渡つた春の夕空を峨眉山の方角へ飛んで行きました。
杜子春は胆《きも》をつぶしながら、恐る恐る下を見下しました。が、下には唯青い山々が夕明りの底に見えるばかりで、あの洛陽の都の西の門は、(とうに霞に紛《まぎ》れたのでせう。)どこを探しても見当りません。その内に鉄冠子は、白い鬢《びん》の毛を風に吹かせて、高らかに歌を唱ひ出しました。
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朝《あした》に北海に遊び、暮には蒼梧《さうご》。
袖裏《しうり》の青蛇《せいだ》、胆気《たんき》粗《そ》なり。
三たび嶽陽《がくやう》に入れども、人識らず。
朗吟して、飛過《ひくわ》す洞庭湖。
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四
二人を乗
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