た眼を挙げると、訴へるやうに老人の顔を見ながら、
「それも今の私には出来ません。ですから私はあなたの弟子になつて、仙術の修業をしたいと思ふのです。いいえ、隠してはいけません。あなたは道徳の高い仙人でせう。仙人でなければ、一夜の内に私を天下第一の大金持にすることは出来ない筈です。どうか私の先生になつて、不思議な仙術を教へて下さい。」
老人は眉をひそめた儘、暫くは黙つて、何事か考へてゐるやうでしたが、やがて又につこり笑ひながら、
「いかにもおれは峨眉山《がびさん》に棲《す》んでゐる、鉄冠子《てつくわんし》といふ仙人だ。始めお前の顔を見た時、どこか物わかりが好ささうだつたから、二度まで大金持にしてやつたのだが、それ程仙人になりたければ、おれの弟子にとり立ててやらう。」と、快く願を容《い》れてくれました。
杜子春は喜んだの、喜ばないのではありません。老人の言葉がまだ終らない内に、彼は大地に額をつけて、何度も鉄冠子に御時宜《おじぎ》をしました。
「いや、さう御礼などは言つて貰ふまい。いくらおれの弟子にした所で、立派な仙人になれるかなれないかは、お前次第できまることだからな。――が、兎も角もま
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