、その頭に当る所を夜中に掘つて見るが好い。きつと車に一ぱいの黄金が埋まつてゐる筈だから。」
「ほんたうですか。」
 杜子春は驚いて、伏せてゐた眼を挙げました。所が更に不思議なことには、あの老人はどこへ行つたか、もうあたりにはそれらしい、影も形も見当りません。その代り空の月の色は前よりも猶《なほ》白くなつて、休みない往来の人通りの上には、もう気の早い蝙蝠《かうもり》が二三匹ひらひら舞つてゐました。

       二

 杜子春《とししゆん》は一日の内に、洛陽の都でも唯一人といふ大金持になりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当る所を、夜中にそつと掘つて見たら、大きな車にも余る位、黄金が一山出て来たのです。
 大金持になつた杜子春は、すぐに立派な家を買つて、玄宗《げんそう》皇帝にも負けない位、贅沢《ぜいたく》な暮しをし始めました。蘭陵《らんりよう》の酒を買はせるやら、桂州の竜眼肉《りゆうがんにく》をとりよせるやら、日に四度色の変る牡丹《ぼたん》を庭に植ゑさせるやら、白孔雀《しろくじやく》を何羽も放し飼ひにするやら、玉を集めるやら、錦を縫はせるやら、香木《かうぼく》の
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