に、峨眉山の上へ坐つてゐた?」
閻魔大王の声は雷のやうに、階の上から響きました。杜子春は早速その問に答へようとしましたが、ふと又思ひ出したのは、「決して口を利くな。」といふ鉄冠子の戒めの言葉です。そこで唯頭を垂れた儘、唖《おし》のやうに黙つてゐました。すると閻魔大王は、持つてゐた鉄の笏《しやく》を挙げて、顔中の鬚《ひげ》を逆立てながら、
「その方はここをどこだと思ふ? 速《すみやか》に返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責《かしやく》に遇《あ》はせてくれるぞ。」と、威丈高《ゐたけだか》に罵《ののし》りました。
が、杜子春は相変らず唇《くちびる》一つ動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言ひつけると、鬼どもは一度に畏《かしこま》つて、忽ち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞ひ上りました。
地獄には誰でも知つてゐる通り、剣《つるぎ》の山や血の池の外にも、焦熱《せうねつ》地獄といふ焔の谷や極寒《ごくかん》地獄といふ氷の海が、真暗な空の下に並んでゐます。鬼どもはさういふ地獄の中へ、代る代る杜子春を抛《はふ》りこみました。ですから杜子春は
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