うに、一枚岩の上を照らし始めました。絶壁の松も前に変らず、こうこうと枝を鳴らせてゐます。が、杜子春はとうに息が絶えて、仰向《あふむ》けにそこへ倒れてゐました。

       五

 杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れてゐましたが、杜子春の魂は、静に体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。
 この世と地獄との間には、闇穴道《あんけつだう》といふ道があつて、そこは年中暗い空に、氷のやうな冷たい風がぴゆうぴゆう吹き荒《すさ》んでゐるのです。杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯《ただ》木の葉のやうに、空を漂つて行きましたが、やがて森羅殿《しんらでん》といふ額の懸つた立派な御殿の前へ出ました。
 御殿の前にゐた大勢の鬼は、杜子春の姿を見るや否や、すぐにそのまはりを取り捲いて、階《きざはし》の前へ引き据ゑました。階の上には一人の王様が、まつ黒な袍《きもの》に金の冠《かんむり》をかぶつて、いかめしくあたりを睨んでゐます。これは兼ねて噂《うはさ》に聞いた、閻魔《えんま》大王に違ひありません。杜子春はどうなることかと思ひながら、恐る恐るそこへ跪《ひざまづ》いてゐました。
「こら、その方は何の為
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