烽ネらねば好《よ》い。ぢつと炬燵《こたつ》に当りながら、「つづらふみ」を読んでゐても、心は何時《いつ》かその泣き声にとられてゐる事が度々ある。私《わたし》の家は鶉居《じゆんきよ》ではない。娑婆《しやば》界の苦労は御降りの今日《けふ》も、遠慮なく私を悩ますのである。昔或御降りの座敷に、姉《あね》や姉の友達と、羽根をついて遊んだ事がある。その仲間には私の外《ほか》にも、私より幾つか年上の、おとなしい少年が交《まじ》つてゐた。彼は其処《そこ》にゐた少女たちと、悉《ことごとく》仲好しの間がらだつた。だから羽根をつき落したものは、羽子板を譲る規則があつたが、自然と誰でも私より、彼へ羽子板を渡し易かつた。所がその内にどう云ふ拍子《ひやうし》か、彼のついた金羽根《きんばね》が、長押《なげ》しの溝《みぞ》に落ちこんでしまつた。彼は早速《さつそく》勝手から、大きな踏み台を運んで来た。さうしてその上へ乗りながら、長押《なげ》しの金羽根を取り出さうとした。その時私は背《せい》の低い彼が、踏み台の上に爪立《つまだ》つたのを見ると、いきなり彼の足の下から、踏み台を側《わき》へ外《はづ》してしまつた。彼は長押しに
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