たにかかり合うと――いや、あなたがたばかりではない、女と云うやつにかかり合うと、どんな目に会うかわかりません。あなたがたは虎《とら》よりも強い。内心|如夜叉《にょやしゃ》の譬《たとえ》通りです。第一あなたがたの涙の前には、誰でも意気地《いくじ》がなくなってしまう。(小野の小町に)あなたの涙などは凄《すご》いものですよ。
小野の小町 嘘です。嘘です。あなたはわたしの涙などに動かされたことはありません。
使 (耳にもかけずに)第二にあなたがたは肌身《はだみ》さえ任《まか》せば、どんなことでも出来ないことはない。(玉造の小町に)あなたはその手を使ったのです。
玉造の小町 卑《いや》しいことを云うのはおよしなさい。あなたこそ恋を知らないのです。
使 (やはり無頓着《むとんじゃく》に)第三に、――これが一番恐ろしいのですが、第三に世の中は神代《かみよ》以来、すっかり女に欺《だま》されている。女と云えばか弱いもの、優しいものと思いこんでいる。ひどい目に会わすのはいつも男、会わされるのはいつも女、――そうよりほかに考えない。その癖ほんとうは女のために、始終《しじゅう》男が悩まされている。(小野の小町に)三十番神《さんじゅうばんじん》を御覧なさい。わたしばかり悪ものにしていたでしょう。
小野の小町 神仏《かみほとけ》の悪口《わるぐち》はおよしなさい。
使 いや、わたしには神仏よりも、もっとあなたがたが恐ろしいのです。あなたがたは男の心も体も、自由自在に弄《もてあそ》ぶことが出来る。その上万一手に余れば、世の中の加勢《かせい》も借りることが出来る。このくらい強いものはありますまい。またほんとうにあなたがたは日本国中至るところに、あなたがたの餌食《えじき》になった男の屍骸《しがい》をまき散らしています。わたしはまず何よりも先へ、あなたがたの爪にかからないように、用心しなければなりません。
小野の小町 (玉造の小町に)まあ、何と云う人聞きの悪い、手前勝手な理窟《りくつ》でしょう。
玉造の小町 (小野の小町に)ほんとうに男のわがままには呆《あき》れ返ってしまいます。(黄泉《よみ》の使に)女こそ男の餌食《えじき》です。いいえ、あなたが何と云っても、男の餌食に違いありません。昔も男の餌食でした。今も男の餌食です。将来も男の、……
使 (急に晴れ晴れと)将来は男に有望です。女の
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