も知れません。
小野の小町 (独り語《ごと》のように)あの時に死ねば好《よ》かったのです。黄泉《よみ》の使に会った時に、……
玉造の小町 おや、あなたもお会いになったのですか?
小野の小町 (疑《うたがい》深そうに)あなたもと仰有《おっしゃ》るのは? あなたこそお会いになったのですか?
玉造の小町 (冷やかに)いいえ、わたしは会いません。
小野の小町 わたしの会ったのも唐《から》の使です。
しばらくの間《あいだ》沈黙。黄泉の使、忙《いそが》しそうに通りかかる。
玉造の小町 ┐
小野の小町 ┘黄泉の使! 黄泉の使![#「黄泉の使! 黄泉の使!」は2行の中央、括弧は2行にわたる波括弧]
黄泉の使 誰です、わたしを呼びとめたのは?
玉造の小町 (小野の小町に)あなたは黄泉の使を御存知ではありませんか?
小野の小町 (玉造の小町に)あなたも知らないとはおっしゃれますまい。(黄泉の使に)このかたは玉造の小町です。あなたはとうに御存知でしょう。
玉造の小町 このかたは小野の小町です。やっぱりあなたのお馴染《なじみ》でしょう。
使 何、玉造の小町に小野の小町! あなたがたが、――骨と皮ばかりの女乞食が!
小野の小町 どうせ骨と皮ばかりの女乞食ですよ。
玉造の小町 わたしに抱きついたのを忘れたのですか?
使 まあ、そう腹を立てずに下さい。あんまり変っていたものですから、つい口を辷《すべ》らせたのです。……時にわたしを呼びとめたのは、何か用でもあるのですか?
小野の小町 ありますとも。ありますとも。どうか黄泉へつれて行って下さい。
玉造の小町 わたしも一しょにつれて行って下さい。
使 黄泉へつれて行け? 冗談《じょうだん》を云ってはいけません。またわたしを欺《だま》すのでしょう。
玉造の小町 あら、欺しなどするものですか!
小野の小町 ほんとうにどうかつれて行って下さい。
使 あなたがたを! (首を振りながら)どうもわたしには受け合われません。またひどい目に会うのは嫌《いや》ですから、誰かほかのものにお頼みなさい。
小野の小町 どうかわたしを憐《あわ》れんで下さい。あなたも情《なさけ》は知っているはずです。
玉造の小町 そんなことを云わずに、つれて行って下さい。きっとあなたの妻になりますから。
使 駄目《だめ》です。駄目です。あなたが
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