りますカムパアランドのカアクリントン教会区で、七歳の少女がその父の二重人格を見たと云う実例や「自然の暗黒面」の著者が挙げて居りますH某《ぼう》と云う科学者で芸術家だった男が、千七百九十二年三月十二日の夜、その叔父の二重人格を見たと云う実例などを数えましたら、恐らくそれは、夥《おびただ》しい数《すう》に上る事でございましょう。
私はさし当り、これ以上実例を列挙して、貴重なる閣下の時間を浪費おさせ申そうとは致しますまい。ただ、閣下は、これらが皆疑う可《べか》らざる事実だと云う事を、御承知下さればよろしゅうございます。さもないと、あるいは私の申上げようとする事が、全然とりとめのない、馬鹿げた事のように思召《おぼしめ》すかも知れません。何故《なにゆえ》かと申しますと、私も、私自身のドッペルゲンゲルに苦しまされているものだからでございます。そうして、その事に関して、いささか閣下にお願いの筋があるからでございます。
私は私自身のドッペルゲンゲルと書きました。が、詳しく云えば、私及私の妻のドッペルゲンゲルと申さなくてはなりません。私は当区――町――丁目――番地居住、佐々木信一郎《ささきしんいちろ
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