んな長い手紙を書きましょう。
 閣下、私はこれを書く前に、ずいぶん躊躇《ちゅうちょ》致しました。何故《なにゆえ》かと申しますと、これを書く以上、私は私一家の秘密をも、閣下の前に暴露しなければならないからでございます。勿論それは、私の名誉にとって、かなり大きな損害に相違ございません。しかし事情はこれを書かなければ、もう一刻の存在も苦痛なほど、切迫して参りました。ここで私は、ついに断乎たる処置を執る事に、致したのでございます。
 そう云う必要に迫られて、これを書いた私が、どうして、狂人扱いをされて、黙って居られましょう。私はもう一度、ここに改めてお願い致します。閣下、どうか私の正気だと云う事を御信用下さい。そうして、この手紙を御面倒ながら、御一読下さい。これは私が、私と私の妻との名誉を賭《と》して、書いたものでございますから。
 かような事を、くどく書きつづけるのは、繁忙な職務を御鞅掌《ごおうしょう》になる閣下にとって、余りに御迷惑を顧みない仕方かも知れません。しかし、私の下《しも》に申上げようとする事実の性質上、閣下が私の正気だと云う事を御信用になるのは、どうしても必要でございます。さも
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