思われている。しかし茨木童子などは我々の銀座を愛するように朱雀大路《すざくおおじ》を愛する余り、時々そっと羅生門へ姿を露《あら》わしたのではないであろうか? 酒顛童子も大江山の岩屋《いわや》に酒ばかり飲んでいたのは確かである。その女人《にょにん》を奪って行ったというのは――真偽《しんぎ》はしばらく問わないにもしろ、女人自身のいう所に過ぎない。女人自身のいう所をことごとく真実と認めるのは、――わたしはこの二十年来、こういう疑問を抱いている。あの頼光《らいこう》や四天王《してんのう》はいずれも多少気違いじみた女性|崇拝家《すうはいか》ではなかったであろうか?
 鬼は熱帯的風景の中《うち》に琴《こと》を弾《ひ》いたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、頗《すこぶ》る安穏《あんのん》に暮らしていた。そのまた鬼の妻や娘も機《はた》を織ったり、酒を醸《かも》したり、蘭《らん》の花束を拵《こしら》えたり、我々人間の妻や娘と少しも変らずに暮らしていた。殊にもう髪の白い、牙《きば》の脱《ぬ》けた鬼の母はいつも孫の守《も》りをしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。――
「お前たちも悪戯《いたずら》をすると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。え、人間というものかい? 人間というものは角《つの》の生《は》えない、生白《なまじろ》い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女と来た日には、その生白い顔や手足へ一面に鉛《なまり》の粉《こ》をなすっているのだよ。それだけならばまだ好《い》いのだがね。男でも女でも同じように、※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]《うそ》はいうし、欲は深いし、焼餅《やきもち》は焼くし、己惚《うぬぼれ》は強いし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒《どろぼう》はするし、手のつけようのない毛だものなのだよ……」

        四

 桃太郎はこういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えた。鬼は金棒《かなぼう》を忘れたなり、「人間が来たぞ」と叫びながら、亭々《ていてい》と聳《そび》えた椰子《やし》の間を右往左往《うおうざおう》に逃げ惑《まど》った。
「進め! 進め! 鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」
 桃太郎は桃
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