な地獄の責苦《せめく》に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。ですからさすが大泥坊の※[#「牛へん+建」、第3水準1−87−71]陀多も、やはり血の池の血に咽《むせ》びながら、まるで死にかかった蛙《かわず》のように、ただもがいてばかり居りました。
 ところがある時の事でございます。何気《なにげ》なく※[#「牛へん+建」、第3水準1−87−71]陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛《くも》の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。※[#「牛へん+建」、第3水準1−87−71]陀多はこれを見ると、思わず手を拍《う》って喜びました。この糸に縋《すが》りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。
 こう思いましたから※[#「牛へん+建」、第3水準1
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