うな水を透き徹して、三途《さんず》の河や針の山の景色が、丁度|覗《のぞ》き眼鏡《めがね》を見るように、はっきりと見えるのでございます。
 するとその地獄の底に、※[#「牛へん+建」、第3水準1−87−71]陀多《かんだた》と云う男が一人、ほかの罪人と一しょに蠢《うごめ》いている姿が、御眼に止まりました。この※[#「牛へん+建」、第3水準1−87−71]陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛《くも》が一匹、路ばたを這《は》って行くのが見えました。そこで※[#「牛へん+建」、第3水準1−87−71]陀多は早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗《むやみ》にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
 御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この※[#「牛へん+建」、第3水準1−
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