ゆつくり御話し致しませう。こゝでは唯大殿樣が、如何に美しいにした所で、繪師風情の娘などに、想ひを御懸けになる方ではないと云ふ事を、申し上げて置けば、よろしうございます。
さて良秀の娘は、面目を施して御前を下りましたが、元より悧巧な女でございますから、はしたない外の女房たちの妬《ねたみ》を受けるやうな事もございません。反つてそれ以來、猿と一しよに何かといとしがられまして、取分け御姫樣の御側からは御離れ申した事がないと云つてもよろしい位、物見車の御供にもついぞ缺けた事はございませんでした。
が、娘の事は一先づ措きまして、これから又親の良秀の事を申し上げませう。成程猿の方は、かやうに間もなく、皆のものに可愛がられるやうになりましたが、肝腎の良秀はやはり誰にでも嫌はれて、相不變《あひかはらず》陰へまはつては、猿秀呼りをされて居りました。しかもそれが又、御邸の中ばかりではございません。現に横川《よがは》の僧都樣も、良秀と申しますと、魔障にでも御遇ひになつたやうに、顏の色を變へて、御憎み遊ばしました。(尤もこれは良秀が僧都樣の御行状を戯畫《ざれゑ》に描いたからだなどと申しますが、何分下ざまの噂
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