になりながら、
「何でかばふ。その猿は柑子盜人《かうじぬすびと》だぞ。」
「畜生でございますから、……」
 娘はもう一度かう繰返しましたがやがて寂しさうにほほ笑みますと、
「それに良秀と申しますと、父が御折檻を受けますやうで、どうも唯見ては居られませぬ。」と、思ひ切つたやうに申すのでございます。これには流石の若殿樣も、我《が》を御折りになつたのでございませう。
「さうか。父親の命乞《いのちごひ》なら、枉げて赦してとらすとしよう。」
 不承無承にかう仰有ると、楚《すばえ》をそこへ御捨てになつて、元いらしつた遣戸の方へ、その儘御歸りになつてしまひました。

       三

 良秀の娘とこの小猿との仲がよくなつたのは、それからの事でございます。娘は御姫樣から頂戴した黄金の鈴を、美しい眞紅《しんく》の紐に下げて、それを猿の頭へ懸けてやりますし、猿は又どんな事がございましても、滅多に娘の身のまはりを離れません。或時娘の風邪《かぜ》の心地で、床に就きました時なども、小猿はちやんとその枕もとに坐りこんで、氣のせゐか心細さうな顏をしながら、頻に爪を噛んで居りました。
 かうなると又妙なもので、誰も
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