れません。思はず知らず車の方へ驅け寄らうとしたあの男は、火が燃え上ると同時に、足を止めて、やはり手をさし伸した儘、食ひ入るばかりの眼つきをして、車をつゝむ焔煙を吸ひつけられたやうに眺めて居りましたが、滿身に浴びた火の光で、皺だらけな醜い顏は、髭の先までもよく見えます。が、その大きく見開いた眼の中と云ひ、引き歪めた脣のあたりと云ひ、或は又絶えず引き攣つてゐる頬の肉の震へと云ひ、良秀の心に交々《こも/″\》往來する恐れと悲しみと驚きとは、歴々と顏に描かれました。首を刎ねられる前の盜人でも、乃至は十王の廳へ引き出された、十逆五惡の罪人でもあゝまで苦しさうな顏は致しますまい。これには流石にあの強力《がうりき》の侍でさへ、思はず色を變へて、畏る/\大殿樣の御顏を仰ぎました。
が、大殿樣は緊く唇を御噛みになりながら、時々氣味惡く御笑ひになつて、眼を放さずぢつと車の方を御見つめになつていらつしやいます。さうしてその車の中には――あゝ、私はその時、その車にどんな娘の姿を眺めたか、それを詳しく申し上げる勇氣は、到底あらうとも思はれません。あの煙に咽んで仰向《あふむ》けた顏の白さ、焔を掃《はら》つてふり
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