もございませうか。それが丁度二人とも、遠いうす暗がりの中に蹲つて居りますので、私のゐた御縁の下からは、狩衣の色さへ定かにはわかりません。
十七
時刻は彼是|眞夜中《まよなか》にも近かつたでございませう。林泉をつゝんだ暗がひつそりと聲を呑んで、一同のする息を窺つてゐると思ふ中には、唯かすかな夜風の渡る音がして、松明の煙がその度に煤臭い匂を送つて參ります。大殿樣は暫く默つて、この不思議な景色をぢつと眺めていらつしやいましたが、やがて膝を御進めになりますと、
「良秀、」と、鋭く御呼びかけになりました。
良秀は何やら御返事を致したやうでございますが、私の耳には唯、唸るやうな聲しか聞えて參りません。
「良秀。今宵はその方の望み通り、車に火をかけて見せて遣はさう。」
大殿樣はかう仰有つて、御側の者たちの方を流《なが》し眄《め》に御覽になりました。その時何か大殿樣と御側の誰彼との間には、意味ありげな微笑が交されたやうにも見うけましたが、これは或は私の氣のせゐかも分りません。すると良秀は畏る畏る頭を擧げて御縁の上を仰いだらしうございますが、やはり何も申し上げずに控へて居ります。
前へ
次へ
全60ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング