、恐しい御託宣があつた時も、あの男は空耳《そらみゝ》を走らせながら、有合せた筆と墨とで、その巫女《みこ》の物凄い顏を、丁寧に寫して居つたとか申しました。大方御靈の御祟《おたゝ》りも、あの男の眼から見ましたなら、子供欺し位にしか思はれないのでございませう。
 さやうな男でございますから、吉祥天を描く時は、卑しい傀儡《くぐつ》の顏を寫しましたり、不動明王を描く時は、無頼の放免《はうめん》の姿を像りましたり、いろ/\の勿體ない眞似を致しましたが、それでも當人を詰りますと「良秀の描《か》いた神佛がその良秀に冥罰を當てられるとは、異な事を聞くものぢや」と空嘯《そらうそぶ》いてゐるではございませんか。これには流石の弟子たちも呆れ返つて、中には未來の恐ろしさに、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々暇をとつたものも、少くなかつたやうに見うけました。――先づ一口に申しましたなら、慢業重疊《まんごふちようでふ》とでも名づけませうか。兎に角當時|天《あめ》が下《した》で、自分程の偉《えら》い人間はないと思つてゐた男でございます。
 從つて良秀がどの位畫道でも、高く止つて居りましたかは、申し上げるまで
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