、肝腎《かんじん》の良秀はやはり誰にでも嫌はれて、相不変《あひかはらず》陰へまはつては、猿秀|呼《よばは》りをされて居りました。しかもそれが又、御邸の中ばかりではございません。現に横川《よがは》の僧都様も、良秀と申しますと、魔障にでも御遇ひになつたやうに、顔の色を変へて、御憎み遊ばしました。(尤もこれは良秀が僧都様の御行状を戯画《ざれゑ》に描いたからだなどと申しますが、何分|下《しも》ざまの噂でございますから、確に左様とは申されますまい。)兎に角、あの男の不評判は、どちらの方に伺ひましても、さう云ふ調子ばかりでございます。もし悪く云はないものがあつたと致しますと、それは二三人の絵師仲間か、或は又、あの男の絵を知つてゐるだけで、あの男の人間は知らないものばかりでございませう。
 しかし実際、良秀には、見た所が卑しかつたばかりでなく、もつと人に嫌がられる悪い癖があつたのでございますから、それも全く自業自得とでもなすより外に、致し方はございません。

       四

 その癖と申しますのは、吝嗇《りんしよく》で、慳貪《けんどん》で、恥知らずで、怠けもので、強慾で――いやその中でも取分け甚
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