ますと、やさしくその猿を抱き上げて、若殿様の御前に小腰をかゞめながら「恐れながら畜生でございます。どうか御勘弁遊ばしまし。」と、涼しい声で申し上げました。
が、若殿様の方は、気負《きお》つて駆けてお出でになつた所でございますから、むづかしい御顔をなすつて、二三度御み足を御踏鳴《おふみなら》しになりながら、
「何でかばふ。その猿は柑子盗人だぞ。」
「畜生でございますから、……」
娘はもう一度かう繰返しましたがやがて寂しさうにほほ笑みますと、
「それに良秀と申しますと、父が御折檻《ごせつかん》を受けますやうで、どうも唯見ては居られませぬ。」と、思ひ切つたやうに申すのでございます。これには流石《さすが》の若殿様も、我《が》を御折りになつたのでございませう。
「さうか。父親の命乞《いのちごひ》なら、枉《ま》げて赦《ゆる》してとらすとしよう。」
不承無承にかう仰有ると、楚《すばえ》をそこへ御捨てになつて、元いらしつた遣戸の方へ、その儘御帰りになつてしまひました。
三
良秀の娘とこの小猿との仲がよくなつたのは、それからの事でございます。娘は御姫様から頂戴した黄金の鈴を、美
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