致すものも居つたやうでございます。先《まづ》第一に何故《なぜ》大殿様が良秀の娘を御焼き殺しなすつたか、――これは、かなはぬ恋の恨みからなすつたのだと云ふ噂が、一番多うございました。が、大殿様の思召しは、全く車を焼き人を殺してまでも、屏風の画を描かうとする絵師根性の曲《よこしま》なのを懲らす御心算《おつもり》だつたのに相違ございません。現に私は、大殿様が御口づからさう仰有《おつしや》るのを伺つた事さへございます。
それからあの良秀が、目前で娘を焼き殺されながら、それでも屏風の画を描きたいと云ふその木石のやうな心もちが、やはり何かとあげつらはれたやうでございます。中にはあの男を罵《のゝし》つて、画の為には親子の情愛も忘れてしまふ、人面獣心の曲者《くせもの》だなどと申すものもございました。あの横川《よがは》の僧都様などは、かう云ふ考へに味方をなすつた御一人で、「如何に一芸一能に秀でやうとも、人として五常を弁《わきま》へねば、地獄に堕ちる外はない」などと、よく仰有つたものでございます。
所がその後一月ばかり経《た》つて、愈々地獄変の屏風が出来上りますと良秀は早速それを御邸へ持つて出て、恭し
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