又気味の悪い、如何にも獣めいた心もちを起させたものでございます。中にはあれは画筆を舐《な》めるので紅がつくのだなどゝ申した人も居りましたが、どう云ふものでございませうか。尤もそれより口の悪い誰彼は、良秀の立居《たちゐ》振舞《ふるまひ》が猿のやうだとか申しまして、猿秀と云ふ諢名《あだな》までつけた事がございました。
いや猿秀と申せば、かやうな御話もございます。その頃大殿様の御邸には、十五になる良秀の一人娘が、小女房《こねうばう》に上つて居りましたが、これは又生みの親には似もつかない、愛嬌のある娘《こ》でございました。その上早く女親に別れましたせゐか、思ひやりの深い、年よりはませた、悧巧な生れつきで、年の若いのにも似ず、何かとよく気がつくものでございますから、御台様《みだいさま》を始め外の女房たちにも、可愛がられて居たやうでございます。
すると何かの折に、丹波の国から人馴れた猿を一匹、献上したものがございまして、それに丁度|悪戯盛《いたづらさか》りの若殿様が、良秀と云ふ名を御つけになりました。唯でさへその猿の容子が可笑《をか》しい所へ、かやうな名がついたのでございますから、御邸中誰一人
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