まではとどきません。
「おのれ故に、あつたら一筆《ひとふで》を仕損《しそん》じたぞ。」
良秀は忌々しさうにかう呟くと、蛇はその儘部屋の隅の壺の中へ抛りこんで、それからさも不承無承《ふしようぶしよう》に、弟子の体へかゝつてゐる鎖を解いてくれました。それも唯解いてくれたと云ふ丈で、肝腎の弟子の方へは、優しい言葉一つかけてはやりません。大方弟子が蛇に噛まれるよりも、写真の一筆を誤つたのが、業腹《ごふはら》だつたのでございませう。――後で聞きますと、この蛇もやはり姿を写す為にわざ/\あの男が飼つてゐたのださうでございます。
これだけの事を御聞きになつたのでも、良秀の気違ひじみた、薄気味の悪い夢中になり方が、略《ほゞ》御わかりになつた事でございませう。所が最後に一つ、今度はまだ十三四の弟子が、やはり地獄変の屏風の御かげで、云はゞ命にも関《かゝ》はり兼《か》ねない、恐ろしい目に出遇ひました。その弟子は生れつき色の白い女のやうな男でございましたが、或夜の事、何気なく師匠の部屋へ呼ばれて参りますと、良秀は燈台の火の下で掌《てのひら》に何やら腥《なまぐさ》い肉をのせながら、見慣れない一羽の鳥を養つて
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