て参つたのでございませう。どこから出したか、細い鉄の鎖をざら/\と手繰《たぐ》りながら、殆ど飛びつくやうな勢ひで、弟子の背中へ乗りかかりますと、否応なしにその儘両腕を捻ぢあげて、ぐる/\巻きに致してしまひました。さうして又その鎖の端を邪慳《じやけん》にぐいと引きましたからたまりません。弟子の体ははづみを食つて、勢よく床《ゆか》を鳴らしながら、ごろりとそこへ横倒しに倒れてしまつたのでございます。

       九

 その時の弟子の恰好《かつかう》は、まるで酒甕を転がしたやうだとでも申しませうか。何しろ手も足も惨《むご》たらしく折り曲げられて居りますから、動くのは唯首ばかりでございます。そこへ肥つた体中の血が、鎖に循環《めぐり》を止められたので、顔と云はず胴と云はず、一面に皮膚の色が赤み走つて参るではございませんか。が、良秀にはそれも格別気にならないと見えまして、その酒甕のやうな体のまはりを、あちこちと廻つて眺めながら、同じやうな写真の図を何枚となく描いて居ります。その間、縛られてゐる弟子の身が、どの位苦しかつたかと云ふ事は、何もわざ/\取り立てゝ申し上げるまでもございますまい。
 が
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