が、内々師匠に「智羅永寿《ちらえいじゆ》」と云ふ諢名をつけて、増長慢を譏《そし》つて居りましたが、それも無理はございません。御承知でもございませうが、「智羅永寿」と申しますのは、昔震旦から渡つて参りました天狗の名でございます。
 しかしこの良秀にさへ――この何とも云ひやうのない、横道者の良秀にさへ、たつた一つ人間らしい、情愛のある所がございました。

       五

 と申しますのは、良秀が、あの一人娘の小女房をまるで気違ひのやうに可愛がつてゐた事でございます。先刻申し上げました通り、娘も至つて気のやさしい、親思ひの女でございましたが、あの男の子煩悩《こぼんなう》は、決してそれにも劣りますまい。何しろ娘の着る物とか、髪飾とかの事と申しますと、どこの御寺の勧進にも喜捨をした事のないあの男が、金銭には更に惜し気もなく、整へてやると云ふのでございますから、嘘のやうな気が致すではございませんか。
 が、良秀の娘を可愛がるのは、唯可愛がるだけで、やがてよい聟をとらうなどと申す事は、夢にも考へて居りません。それ所か、あの娘へ悪く云ひ寄るものでもございましたら、反つて辻冠者《つじくわんじや》ばら
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