見ろ」という勇気の起こることは感じなかった。薄い藍色に澄み渡った空には幾つかの星も輝いていた。僕はこれらの星を見ながら、できるだけ威張って歩いて行った。

     四三 発火演習

 僕らの中学は秋になると、発火演習を行なったばかりか、東京のある聯隊《れんたい》の機動演習にも参加したものである。体操の教官――ある陸軍大尉はいつも僕らには厳然としていた。が、実際の機動演習になると、時々命令に間違いを生じ、おお声に上官に叱《しか》られたりしていた。僕はいつもこの教官に同情したことを覚えている。

     四四 渾名

 あらゆる東京の中学生が教師につける渾名《あだな》ほど刻薄に真実に迫るものはない。僕はあいにく今日ではそれらの渾名を忘れている。が、今から四、五年前、僕の従姉《いとこ》の子供が一人、僕の家《うち》へ遊びに来た時、ある中学の先生のことを「マッポンがどうして」などと話していた。僕はもちろん「マッポン」とはなんのことかと質問した。
「どういうことも何もありませんよ。ただその先生の顔を見ると、マッポンという気もちがするだけですよ」
 僕はそれからしばらくののち、この中学生と電車に
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