の打算から云えば、林右衛門のとった策は、唯一《ゆいいつ》の、そうしてまた、最も賢明なものに相違ない。自分も、それは認めている。その癖、それが、自分には、どうしても実行する事が出来ないのである。
遠くで稲妻《いなずま》のする空の下を、修理の屋敷へ帰りながら、宇左衛門は悄然《しょうぜん》と腕を組んで、こんな事を何度となく胸の中で繰り返えした。
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修理《しゅり》は、翌日、宇左衛門から、佐渡守の云い渡した一部始終を聞くと、忽ち顔を曇らせた。が、それぎりで、格別いつものように、とり上《のぼ》せる気色《けしき》もない。宇左衛門は、気づかいながら、幾分か安堵《あんど》して、その日はそのまま、下って来た。
それから、かれこれ十日ばかりの間、修理は、居間にとじこもって、毎日ぼんやり考え事に耽っていた。宇左衛門の顔を見ても、口を利《き》かない。いや、ただ一度、小雨《こさめ》のふる日に、時鳥《ほととぎす》の啼く声を聞いて、「あれは鶯の巣をぬすむそうじゃな。」とつぶやいた事がある。その時でさえ、宇左衛門が、それを潮《しお》に、話しかけた
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