《よる》になると間もなく、板倉佐渡守から急な使があって、早速来るようにと云う沙汰が、凶兆《きょうちょう》のように彼を脅《おびやか》したからである。夜陰に及んで、突然召しを受ける。――そう云う事は、林右衛門の代から、まだ一度も聞いた事がない。しかも今日は、初めて修理が登城をした日である。――宇左衛門は、不吉《ふきつ》な予感に襲われながら、慌《あわただ》しく佐渡守の屋敷へ参候した。
すると、果して、修理が佐渡守に無礼の振舞があったと云う話である。――今日出仕を終ってから、修理は、白帷子《しろかたびら》に長上下《ながかみしも》のままで、西丸の佐渡守を訪れた。見た所、顔色《かおいろ》もすぐれないようだから、あるいはまだ快癒がはかばかしくないのかと思ったが、話して見ると、格別、病人らしい容子《ようす》もない。そこで安心して、暫く世間話をしている中に、偶然、佐渡守が、いつものように前島林右衛門の安否を訊ねた。すると、修理は急に額を暗くして、「林右衛門めは、先頃《さきごろ》、手前屋敷を駈落《かけお》ち致してござる。」と云う。林右衛門が、どう云う人間かと云う事は、佐渡守もよく知っている。何か仔細《し
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