創作
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)暇《ひま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)社会的|覊絆《きはん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正五年八月十九日)
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 僕に小説をかけと云ふのかね。書けるのなら、とうに書いてゐるさ。が、書けない。遺憾ながら、職業に逐はれてペンをとる暇《ひま》がない。そこで、人に話す、その人が、それを小説に書く。僕が材料を提供した小説が、これで十《とを》や二十はあるだらう。勿論《もちろん》、有名なる作家の作品でね。唯、君に注意して置きたいのは、僕の提供する材料が、大部分は、僕の創作だと云ふ事だよ。勿論、これは、今まで、人に話した事はない。さう云ふと、誰も、僕の話を聞いて、小説にする奴《やつ》がないからね。僕は、何時《いつ》でも、小説らしい事実を想像でつくり上げて、それを僕の友だちの小説家に、ほんたうらしく話してやる。すると、それが旬日《じゆんじつ》ならずして、小説になる。自分が小説を書くのも、同じ事さ。唯、技巧が、多くの場合、全然僕の気に入らないがね、それは、まあ仕方がないさ。
 尤《もつと》も、ほんたうらしく見せかけるのには、いろんな条件が必要だよ。僕自身、僕の小説の主人公になる事もある。或は、僕の友だちの夫婦関係を粉本《ふんぽん》に、ちよいと借用する事もある。が、決して、モデル問題は起らない。起らない筈《はず》さ。モデル自身は、実際、僕の提供する材料のやうな事をしてはゐないんだし、僕の友だちの小説家も、それが姦通《かんつう》とか、竊盗《せつとう》とか、シリアスな事になればなる程、徳義上、モデルの名は出さないからね。そこで、その小説が活字になる。作家は原稿料を貰ふ。どうかすると、僕をよんで、一杯《いつぱい》やらうと云ふやうな事になる。実は、僕の方が、作家に礼をすべき筈なのだが、向ふで、嬉しがつて、するのだからさせて置くのさ。
 所が、この間、弱つた事があつた。なに、Kの奴を、小説の主人公にして見たのさ。何しろ先生あの通り、トルストイヤンだから、あいつが、芸者に関係してゐる事にしたら、面白からうと思つて、さう云ふ情話を、創作してしまつたのだね。すると、その小説が出て、五六日すると、Kが僕の所へやつて来て、恨《うらみ》がま
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