》さ。お前さんも江戸かい。」
「へえ、私《わつし》は深川の六間堀《ろくけんぼり》で、これでも越後屋重吉と云ふ小間物|渡世《とせい》でござりやす。」
とまあ、云つた調子での。同じ江戸懐しい話をしながら、互に好い道づれを見つけた気でよ、一しよに路を急いで行くと、追つけ日野宿《ひのしゆく》へかからうと云ふ時分に、ちらちら白い物が降り出しやがつた。独り旅であつて見ねえ。時刻も彼是《かれこれ》七つ下《さが》りぢやあるし、この雪空を見上げちや、川千鳥の声も身に滲《し》みるやうで、今夜はどうでも日野泊りと、出かけ無けりやなら無え所だが、いくら懐は寒むさうでも、其処は越後屋重吉と云ふ道づれのある御かげ様だ。
「旦那え、この雪ぢや明日《あす》の路は、とても捗《はか》が参りやせんから、今日の中に八王子までのして置かうぢやござりやせんか。」
と云はれて見りや、その気になつての、雪の中を八王子まで、辿《たど》りついたと思ひねえ。もう空はまつ暗で、とうに白くなつた両側の屋根が、夜目にも跡の見える街道へ、押つかぶさるやうに重なり合つた、――その下に所々、掛行燈《かけあんどう》が赤く火を入れて、帰り遅れた馬の鈴
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