》が盗みをして置きながら、手前で人を呼びや世話は無え、唐変木《たうへんぼく》とは始めから知つちやゐるが、さりとは男らしくも無え野郎だと、おれは急に腹が立つたから、其処にあつた枕をひつ掴んで、ぽかぽかその面《つら》をぶちのめしたぢや無えか。
 さあ、その騒ぎが聞えての、隣近所の客も眼をさましや、宿の亭主や奉公人も、何事が起つたと云ふ顔色で、手燭の火を先立ちに、どかどか二階へ上つて来やがつた。来て見りやおれの股ぐらから、あの野郎がもう片息になつて、面妖《めんえう》な面《つら》を出してゐやがる始末よ。こりや誰が見ても大笑ひだ。
「おい、御亭主、飛んだ蚤《のみ》にたかられての、人騒がせをして済まなかつた。外《ほか》の客人にやお前から、よく詑びを云つておくんなせえ。」
 それつきりよ。もう後は訳を話すも話さ無えも無え。奉公人がすぐにあの野郎を、ぐるぐる巻にふん縛つて、まるで生捕りました河童《かつぱ》のやうに、寄つてたかつて二階から、引きずり下してしまやがつた。
 さてその後で山甚の亭主が、おれの前へ手をついての、
「いや、どうも以ての外の御災難で、さぞまあ、御驚きでございましたらう。が、御路用そ
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