たからであった。いや、飛び越えようとしたばかりではない。彼は足を縮《ちぢ》めながら、明礬色《みょうばんいろ》の水の上へ踊り上ったと思う内に、難なくそこを飛び越えた。そうしてこちらの水際《みぎわ》へ、雲のような砂煙を舞い上げながら、どさりと大きな尻餅《しりもち》をついた。それは彼等の笑を買うべく、余りに壮厳すぎる滑稽であった。勿論彼等の間からは、喝采も歓呼も起らなかった。
彼は手足の砂を払うと、やっとずぶ濡れになった体を起して、仲間の若者たちの方を眺めやった。が、彼等はもうその時には、流れを飛び越えるのにも飽きたと見えて、また何か新しい力競《ちからくら》べを試むべく、面白そうに笑い興じながら、河上《かわかみ》の方へ急ぐ所であった。それでもまだ容貌の醜い若者は、快活な心もちを失わなかった。と云うよりも失う筈がなかった。何故《なぜ》と云えば彼等の不快は未《いまだ》に彼には通じなかった。彼はこう云う点になると、実際どこまでも御目出度《おめでた》く出来上った人間の一人であった。しかしまたその御目出度さがあらゆる強者に特有な烙印《やきいん》である事も事実であった。だから仲間の若者たちが河上の方へ
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