安河《やすかわ》の河原には大勢の若者が集まって、余念もなく力競《ちからくら》べに耽《ふけ》っていた。
 始《はじめ》、彼等は手《て》ん手《で》に弓矢を執《と》って、頭上の大空へ矢を飛ばせた。彼等の弓の林の中からは、勇ましい弦《ゆんづる》の鳴る音が風のように起ったり止んだりした。そうしてその音の起る度に、矢は無数の蝗《いなご》のごとく、日の光に羽根を光らせながら、折から空に懸《かか》っている霞の中へ飛んで行った。が、その中でも白い隼《はやぶさ》の羽根の矢ばかりは、必ずほかの矢よりも高く――ほとんど影も見えなくなるほど高く揚った。それは黒と白と市松模様《いちまつもよう》の倭衣《しずり》を着た、容貌《ようぼう》の醜い一人の若者が、太い白檀木《しらまゆみ》の弓を握って、時々切って放す利《とが》り矢であった。
 その白羽《しらは》の矢が舞い上る度に、ほかの若者たちは空を仰いで、口々に彼の技倆《ぎりょう》を褒《ほ》めそやした。が、その矢がいつも彼等のより高く揚る事を知ると、彼等は次第に彼の征矢《そや》に冷淡な態度を装《よそお》い出した。のみならず彼等の中《うち》の何者かが、彼には到底及ばなくとも、
前へ 次へ
全106ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング