》の間に抱え上げて、彼にも劣らず楽々と肩よりも高くかざして見せた。
 それはこの二人の腕力が、ほかの力自慢の連中よりも数段上にあると云う事を雄弁に語っている証拠であった。そこで今まで臆面《おくめん》も無く力競べをしていた若者たちはいずれも興《きょう》のさめた顔を見合せながら、周囲に佇《たたず》んでいる見物仲間へ嫌《いや》でも加わらずにはいられなかった。その代りまた後《あと》に残った二人は、本来さほど敵意のある間柄でもなかったが、騎虎《きこ》の勢いで已《や》むを得ず、どちらか一方が降参するまで雌雄《しゆう》を争わずにはいられなくなった。この形勢を見た多勢の若者たちは、あの猪首《いくび》の若者がさし上げた岩を投げると同時に、これまでよりは一層熱心にどっとどよみを作りながら、今度はずぶ濡れになった彼の方へいつになく一斉に眼《まなこ》を注いだ。が、彼等がただ勝負にのみ興味を持っていると云う事は、――彼自身に対してはやはり好意を持っていないと云う事は、彼等の意地悪《いじわ》るそうな眼の中にも、明かによめる事実であった。
 それでも彼は相不変《あいかわらず》悠々と手に唾《つばき》など吐きながら、さっきのよりさらに一嵩《ひとかさ》大きい巌石の側へ歩み寄った。それから両手に岩を抑《おさ》えて、しばらく呼吸を計っていたが、たちまちうんと力を入れると、一気に腹まで抱え上げた。最後にその手をさし換えてから、見る見る内にまた肩まで物も見事に担《かつ》いで見せた。が、今度は投げ出さずに、眼で猪首の若者を招くと、人の好さそうな微笑を浮べながら、
「さあ、受取るのだ。」と声をかけた。
 猪首の若者は数歩を隔てて、時々|髭《ひげ》を噛《か》みながら、嘲《あざけ》るように彼を眺めていたが、
「よし。」と一言《ひとこと》答えると、つかつかと彼の側へ進み寄って、すぐにその巌石を小山のような肩へ抱《だ》き取った。そうして二三歩歩いてから、一度眼の上までさし上げて置いて、力の限り向うへ抛《ほう》り投げた。岩は凄じい地響きをさせながら、見物の若者たちの近くへ落ちて、銀粉のような砂煙を揚げた。
 大勢の若者たちはまた以前のようにどよめき立った。が、その声がまだ消えない内に、もうあの猪首の若者は、さらに勝敗を争うべく、前にも増して大きい岩を水際《みぎわ》の砂から抱き起していた。

        四

 二人はこ
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