若者はまた口を噤《つぐ》んで、草の上へ眼を反《そ》らせていた。
「勿論多少は面倒が起るかも知れないさ。しかしそのくらいな事はあっても、刀なり、玉なり、鎧《よろい》なり、乃至《ないし》はまた馬の一匹なり、君の手にはいった方が――」
「ですがね、もし先方が受け取らないと云ったら、私はこの玉を素戔嗚尊へ返さなければならないのですよ。」
「受け取らないと云ったら?」
相手はちょいと顔をしかめたが、すぐに優しい口調に返って、
「もし先方が女だったら、そりゃ素戔嗚の玉なぞは受け取らないね。その上こんな琅※[#「王へん+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》は、若い女には似合わないよ。だから反《かえ》ってこの代りに、もっと派手《はで》な玉を持って行けば、案外すぐに受け取るかも知れない。」
若者は相手の云う事も、一理ありそうな気がし出した。実際いかに高貴な物でも、部落の若い女たちが、こう云う色の玉を好むかどうか、疑わしいには違いなかったのであった。
「それからだね――」
相手は唇《くちびる》を舐《な》めながら、いよいよもっともらしく言葉を継いだ。
「それからだね、たとい玉が違ったにしても、受け取って貰った方が、受け取らずに返されるよりは、素戔嗚も喜ぶだろうじゃないか。して見れば玉は取り換えた方が、反《かえ》って素戔嗚のためになるよ。素戔嗚のためになって、おまけに君が刀でも、馬でも手に入れるとなれば、もう文句はない筈だがね。」
若者の心の中には、両方に刃のついた剣《つるぎ》やら、水晶を削《けず》った勾玉やら、逞《たく》ましい月毛《つきげ》の馬やらが、はっきりと浮び上って来た。彼は誘惑を避けるように、思わず眼をつぶりながら、二三度頭を強く振った。が、眼を開けると彼の前には、依然として微笑を含んでいる、美しい相手の顔があった。
「どうだろう。それでもまだ不服かい。不服なら――まあ、何とか云うよりも、僕の所まで来てくれ給え。刀も鎧《よろい》もちょうど君に御誂《おあつら》えなのがある筈だ。厩《うまや》には馬も五六匹いる。」
相手は飽くまでも滑《なめらか》な舌を弄しながら気軽く楡《にれ》の根がたを立ち上った。若者はやはり黙念《もくねん》と、煮え切らない考えに沈んでいた。しかし相手が歩き出すと、彼もまたその後《あと》から、重そうな足を運び始めた。――
彼等の姿が草山の下に、全く隠
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