は頭の具合《ぐあひ》も妙になつたとかいふことだつた。僕はお宗さんの髪の毛も何か頭の病気のために薄いのではないかと思つてゐる。お宗さんの使つた毛生え薬は何も売薬《ばいやく》ばかりではない。お宗さんはいつか蝙蝠《かうもり》の生き血を一面に頭に塗りつけてゐた。
「鼠の子の生き血も善《よ》いといふんですけれども。」
お宗さんは円《まる》い目をくるくるさせながら、きよとんとしてこんなことも言つたものだつた。
二 裏畠
それはKさんの家の後《うし》ろにある二百坪ばかりの畠《はたけ》だつた。Kさんはそこに野菜のほかにもポンポン・ダリアを作つてゐた。その畠を塞《ふさ》いでゐるのは一日に五、六度汽車の通る一間《いつけん》ばかりの堤《つつみ》だつた。
或夏も暮れかかつた午後、Kさんはこの畠へ出、もう花もまれになつたポンポン・ダリアに鋏《はさみ》を入れてゐた。すると汽車は堤の上をどつと一息《ひといき》に通りすぎながら、何度も鋭い非常警笛を鳴らした。同時に何か黒いものが一つ畠の隅へころげ落ちた。Kさんはそちらを見る拍子《ひやうし》に「又|庭鳥《にはとり》がやられたな」と思つた。それは実際黒い羽根《はね》に青い光沢《くわうたく》を持つてゐるミノルカ種《しゆ》の庭鳥にそつくりだつた。のみならず何か※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]冠《とさか》らしいものもちらりと見えたのに違ひなかつた。
しかし庭鳥と思つたのはKさんにはほんの一瞬間だつた。Kさんはそこに佇《たたず》んだまま、あつけにとられずにはゐられなかつた。その畠へころげこんだものは実は今汽車に轢《ひ》かれた二十四五の男の頭だつた。
三 武さん
武《たけ》さんは二十八歳の時に何かにすがりたい慾望を感じ、(この慾望を生じた原因は特にここに言はずともよい。)当時名高い小説家だつたK先生を尋ねることにした。が、K先生はどう思つたか、武さんを玄関の中へ入れずに格子《かうし》戸越しにかう言ふのだつた。
「御用向きは何ですか?」
武さんはそこに佇《たたず》んだまま、一部始終《いちぶしじゆう》をK先生に話した。
「その問題を解決するのはわたしの任ではありません。Tさんのところへお出でなさい。」
T先生は基督《キリスト》教的色彩を帯びた、やはり名高い小説家だつた。武さんは早速《さつそく》その日のうちにT先生を
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