大川の水
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)大川端《おおかわばた》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)読書|三昧《さんまい》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)川のながめ[#「ながめ」に傍点]
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 自分は、大川端《おおかわばた》に近い町に生まれた。家を出て椎《しい》の若葉におおわれた、黒塀《くろべい》の多い横網の小路《こうじ》をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭《ひゃっぽんぐい》の河岸《かし》へ出るのである。幼い時から、中学を卒業するまで、自分はほとんど毎日のように、あの川を見た。水と船と橋と砂洲《すなず》と、水の上に生まれて水の上に暮しているあわただしい人々の生活とを見た。真夏の日の午《ひる》すぎ、やけた砂を踏みながら、水泳を習いに行く通りすがりに、嗅《か》ぐともなく嗅いだ河《かわ》の水のにおいも、今では年とともに、親しく思い出されるような気がする。
 自分はどうして、こうもあの川を愛するのか。あのどちらかと言えば、泥濁《どろにご》りのした大川のなま暖かい水に、限りないゆかし
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