終世忘れることはできないであろう。
「すべての市《いち》は、その市に固有なにおいを持っている。フロレンスのにおいは、イリスの白い花とほこりと靄と古《いにしえ》の絵画のニスとのにおいである」(メレジュコウフスキイ)もし自分に「東京」のにおいを問う人があるならば、自分は大川の水のにおいと答えるのになんの躊躇《ちゅうちょ》もしないであろう。ひとりにおいのみではない。大川の水の色、大川の水のひびきは、我が愛する「東京」の色であり、声でなければならない。自分は大川あるがゆえに、「東京」を愛し、「東京」あるがゆえに、生活を愛するのである。
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その後「一の橋の渡し」の絶えたことをきいた。「御蔵橋の渡し」の廃《すた》れるのも間があるまい。
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底本:「羅生門・鼻・芋粥」角川文庫、角川書店
1950(昭和25)年10月20日初版発行
1985(昭和60)年11月10日改版38版発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月11日公開
2004年3月10日修正
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